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「堀辰雄の幼年期を偲ぶ」 2013.12.02

 厚労省によれば、日本は結核の中程度蔓延地域だそうです。平成23年度の新たな発病は2万例であり、死亡数も2千人を超えています。新規発病者の半数以上が70歳以上の方です。
 結核は痰の飛沫を吸引することが主感染源で、被感染者の5%が一次結核症となり、残りの95%は保菌者のままで過ごし、その中の5%が何年か後に主として肺結核症の病態に陥るようです。さらに、血行・直接浸潤などを通して他臓器に転移する可能性もあります。症状は、長引く咳・痰・微熱・倦怠感・体重減少といったところでしょう。菌同定・胸部X線・血清検査で診断し、6ヶ月療法=4ヶ月間の4種抗生剤投与+2ヶ月間の2剤投与で治療するのが標準的です。喀痰に菌の排出を伴う患者さんは、一時的な隔離入院が求められます。
 さて、結核を<最も文学的な病気>と世界的に見なした時代がありました。結核症の特徴=やせて蒼白な肌・燃えるような頬・潤んだ大きな眼・・・が、神に魅入られ夭折すべき運命を甘受する悲劇の芸術家・薄幸の美人、のイメージに収斂するのに東西の差が無かったからでしょう。日本の結核小説は「不如帰」(徳富蘆花)に始まり、堀辰雄の「美しい村」と「風立ちぬ」で終わったのです。
 堀辰雄は「幼年時代」の中で、向島小梅にあった実家の隣に見渡せる徳川公爵邸内を、“立ち木が多い芝生や池などがある美しいお屋敷で、憧憬が湧いていた”と回想しています。その憧憬を軽井沢の風光に投影し、彼は夢見がちに「美しい村」を描いたはずです。そして全編を覆う寂寥の源を、愛し愛された“おばあさん”の不在だと推量します。


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